遊戯としてのゲームの構造

松田道弘はその著書『トランプの楽しみ』で、「遊戯としてのゲーム」の定義として「勝敗を争う事で楽しむ遊戯」という定義を採用している。この定義は単純明快であり、かつ言い得て妙である。

一方ゲームデザイナーグレッグ・コスティキャンは雑誌Interactive Fantasyの記事 'I Have No Words & I Must Design' において、例えば『シムシティ』の作者ウィル・ライトが自分の作品を(「ゲーム」ではなく)「toy(おもちゃ)」であるとしている言葉などを引きつつ、ゲームとは「充分な情報の下に行われた意思決定 (decision making)をもって、プレイヤーが与えられた資源を管理 (managing resources)しつつ自ら参加し、立ちはだかる障害物を乗り越えて目標 (goals)達成を目指す」ものであるとしている。

ロジェ・カイヨワは、playに対応するパイディアPaidea(娯楽)の類型に対するものとして、ルール的制約をもちgameに対応するルドゥスLudus(闘技)を提案している。

またゲームのルールあるいはゲームのプレイに必要な情報は、プレイヤーの間でよく知られたものと仮定される(完備情報の仮定)。